じゃじゃ馬マッハ3

自分の根本はホンダ車が好きなんだが、CB450は自分に合った感じじゃ無かった。

カワサキが世界最速を目指して開発し、1969年にデビューさせたオートバイがあった。
「じゃじゃ馬」こと500SSマッハ3だ。

カワサキはそれまでに2サイクルマシンではA1、A7があり人気もあっが、
このマッハⅢデビューでかすんでしまった。

2サイクル3気筒そのスペックは、最大出力60ps、最高速度200km/h、最大トルク5.85kg
乾燥重量174kgと軽い車体を0~400m12.4secでカッ飛ぶ。排気量比だとCB750K0を凌ぐ。
当時の車両価格は軽四より9万円ほど安い29万8千円だった。
現在初期型のマッハを買うと当時の6~10倍はする(驚)。

s-500ss.jpg

高校2年の時、CBの調子が悪いので地元の修理屋で見てもらう事にした。
足が無くなるので困ってたら、店のオーナーが「乗るがやったら乗っても構んぞ」と。
店の外の古びた実用車やカブ等が並んでる間にある「白いマッハ」を指差した。
ん?綺麗だし何でこんなとこにマッハが?
当然、「よっしゃ、CBと交換してくれる?」と言うと、笑い流された。
が、卒業までずっと乗ることとなる。
後に、向かいの同級もCL250から赤いマッハに乗り換えた。

マッハの白煙は有名だ。通学時先頭を走ろうものなら「まっこう、煙幕で走れん!後走ってくれ」
と後続車に大迷惑を掛ける。オイル代も高く付いた記憶がある。
ガソリンは’73当時55円/ℓ程度だった。

通学距離は17kmだったが、田舎の狭小湾曲した道をマッハでカッ飛んでも15分掛かる。
マッハの活躍は通学だけではなかった!

学校行事の遠足やホームマッチ、県体等は貸し切りバスで行くのだが、
自分の場合無視してオートバイで行く。
自分一人居なくても誰も気に掛ける人はいない。それにバスは嫌いだ!
県体は高知市まで行くが、他にオートバイで行く奴は居なくても一人でハイテンション!
40年前の当時は道も悪く高知までは長い道程だがそんなのは関係なかった。

大型の2ストロークマシンは、すべてじゃじゃ馬であったが、
排ガス規制やオイルショックの影響を受け80年までに姿を消すことになる。

変わり種として74年にシングルロータリーエンジンを積んだスズキRE5があった。
つい最近走ってるのを目撃したが、UFOを見るくらい遭遇しない。
発売には至ってないがヤマハにもヤンマーと共同開発の2ローターのオートバイもあったり、
個性あふれたオートバイが沢山あった。

s-500ss.jpg

他にも70年代は多くの名車が登場する。
一部を挙げると70年XS-1、71年GT750、72年Z1、73年750RS(ZⅡ)、74年CB400Four、
79年CBX1000。76年にはスズキ初の4ストローク車GS750が登場し
、その後デビューする名車、KATANAや隼につなげた。

72年には750ssが発売されるも、打倒CBを掲げて73年デビューの750RS(ZⅡ)に埋もれてしまう。
ZⅡは数々の伝説とともに現在でも多くのユーザーを魅了している。


次回はセーラー服とオートバイ’74


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.26 2014 我が青春のオートバイ comment0 trackback0
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プロフィール

まっこう

Author:まっこう
所有したオートバイ
ホンダ:Dax50、XE50、ストリーム50、AX-1、CB450、CB750K2
カワサキ:マッハ3
スズキ:GS400、GT750B2、GSXR1100’92、GSXR1300’05、GSXR1300’07
ヤマハ:メイト、AX125

現所有オートバイ:Ape50、GSXR1300’12

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